大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成10年(ワ)6999号 判決

兵庫県〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

国谷史朗

右同

福森亮二

右訴訟復代理人弁護士

山﨑敏彦

東京都港区〈以下省略〉

被告

東京ゼネラル株式会社

右代表者代表取締役

名古屋市〈以下省略〉

被告

Y1

右被告ら両名訴訟代理人弁護士

辻本章

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金五五二九万五七三九円及びこれに対する平成九年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金八五九七万一四三一円及びこれに対する平成九年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、商品取引所の取引員である被告東京ゼネラル株式会社(以下「被告会社」という。)との間で先物取引委託契約を締結した原告が、被告会社の従業員である被告Y1(以下「被告Y1」という。)による不適格者への勧誘、断定的判断の提供、無意味な反復売買等の一連の行為により損害を受けたと主張して、被告会社に対しては民法七一五条一項(使用者責任)又は同法七〇九条(法人自体の不法行為責任)に基づき、被告Y1に対しては民法七〇九条に基づき、各自、原告が被った未回収委託証拠金相当額七二四七万一四三一円、慰藉料五〇〇万円及び弁護士費用八五〇万円並びにこれらに対する最終の不法行為日(最終取引日)以降の遅延損害金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

原告は、大正五年○月○日生まれの男性である。

被告会社は、(一)商品取引所法の適用を受ける商品取引所の市場におけるオプション取引並びに指数取引を含む貴金属、農産物、ゴム等の上場商品の売買及び売買取引の受託業務、(二)海外における商品取引所に上場されている貴金属、農産物、ゴム等の商品の売買及び受託、仲介、代理並びに取次などを業とする株式会社である。

被告Y1は、平成九年一一月まで被告会社岡山支店(以下「被告支店」という。)の支店長の地位にあった者である。

2  原告の被告支店における商品先物取引(以下「本件先物取引」という。)

原告は、平成七年一〇月二七日、B(以下「B」という。)から被告Y1を紹介され、同被告から商品先物取引の勧誘を受けて、被告支店において本件先物取引を開始した。本件先物取引の内容は、別紙建玉分析表1ないし5記載のとおりである。

原告は、平成九年一一月一九日に本件先物取引を終了させたが、委託証拠金として被告会社に支払った金員のうち、七一八五万一〇五六円を回収できなかった(なお、委託証拠金として原告が被告会社に支払った金額については、原告が七七二〇万円と、被告らが七九二〇万円とそれぞれ主張し、被告会社が原告に返還した額については、原告が五三四万八九四四円と、被告らが七三四万八九四四円とそれぞれ主張している。)。

二  争点

1  被告らの不法行為の成否

(原告の主張)

被告Y1は、以下のとおり、商品先物取引を行う能力がない原告に対し、断定的判断を提供するとともに、途転(既存建玉を仕切った同一日に新たに反対建玉を建てること)、両建(既存建玉に対応させて反対建玉を建てる取引)等の無意味な売買を繰り返させ、合理的とは考えられない取引を継続させた。このような被告Y1の一連の行為は、原告から委託証拠金として多額の金銭を引き出し、これを、無意味な売買を大規模かつ多数回繰り返すことで委託手数料として費消させ、原告の損失の下に被告会社が手数料を稼ぐことを目的にしたものであって、全体として不法行為を構成し、被告Y1は損害賠償責任を負う。

また、被告Y1の右一連の行為は被告会社の事業の執行について行われたものであるから、被告会社は、民法七一五条一項に基づき使用者責任を負い、さらに、法人自体としても不法行為が成立するから、被告Y1との共同不法行為者として損害賠償責任を負う。

被告Y1の違法行為は、次のとおりである。

(一) 商品先物取引の危険性の不告知(受託契約準則三条、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(平成一一四月一日に廃止されたもの)1(3)等違反)

被告Y1が、平成七年一〇月二七日に原告を商品先物取引に勧誘する際、原告に対し、商品先物取引に内在する投機性や危険性を何ら説明せず、「お取引の手引」のような説明用の小冊子も原告に交付しなかった。

また、被告会社の大阪支社管理部のC(以下「C」という。)が同年一一月八日に原告方を訪れた際、「お取引の手引」等の説明用の小冊子が初めて原告に交付されたが、その小冊子の内容をはじめ、商品取引に内在する投機性やその危険性は、十分に説明されなかった。

(二) 不適格者の勧誘(商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(平成一一年四月一日に廃止されたもの)1(1)等違反)

原告は、本件先物取引の当時、無職であり、主として年金と預貯金の利息により生計を維持していたものであるから、「恩給・年金・退職金・保険金等により主として生計を維持する者」(商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(平成元年一一月二七日に廃止されたもの)2(1)②)に当たるし、原告のような高齢者を投機性の高い商品先物取引に勧誘することは、不適格者への勧誘に当たる。

(三) 断定的判断の提供(平成一〇年法律第四二号により改正される前の商品取引所法九四条一号、平成八年七月二二日変更前の受託契約準則二二条(2)等違反)

商品取引員が商品市場における売買取引につき顧客に対し利益を生ずることが確実であると誤解させるような断定的判断を提供して委託を勧誘することは、商品取引の投機的本質を誤認させることであり、法令等で強く禁止されている

ところが、被告Y1は、原告に対し、平成八年一一月一二日ないし同月一九日に委託証拠金の追加を要求した際、「流れがすぐ変わる状態だから、流れが変わればすぐに取り戻せるから心配はいらない。」と言い、また、平成九年一月三一日に委託証拠金の追加を要求した際、「何とか都合して、やったと言わせてくれ。」、「元金くらいすぐに取り戻せます。」などと言い、さらに、同年四月一八日に委託証拠金の追加を要求した際、「もうこれ以上ゴムが下がることはないし、絶対儲かるから心配するな。」などと述べた。これらの被告Y1の発言は、被告らに従えば利益が生じることが確実であると原告を誤解させる発言であり、断定的判断の提供に当たる。

(四) 無断売買ないし欺罔行為

(1) 本件先物取引における原告の取引数は、同取引の開始以降、せいぜい一〇枚程度であったのに、平成八年一一月一二日に買建玉二〇枚を建てたのを初めとして、同月一三日に四〇枚、同月一四日に二〇枚、同月一五日に二〇枚、同月一九日には七〇枚と買建玉数を立て続けに増加し、同月一九日の時点では、買建玉数が一八〇枚にまで増加した。

しかし、このような建玉量の増加は、商品先物取引の投機性からすると相当な賭けであるところ、原告は、本件先物取引まで株式取引等を行った経験はなく、収入のほとんどを貯金し、賭事は一切しないような者であって、本件先物取引の開始に当たっても五〇〇万円を限度とすることを条件としたことなどからすれば、この当時以降の本件先物取引は、いずれも原告に無断で又は原告を欺罔して行われたものである。

(2) そして、被告Y1は、原告に無断で先物取引の対象商品を、平成八年一二月二五日には東京工業品取引所におけるゴムに、平成九年一月一四日には東京穀物取引所における米国産大豆にそれぞれ拡大し、以後、数百枚単位の取引を継続させた。とりわけ、被告Y1は、同年一月三一日に原告方を訪れた際、「ゴムの買い時が来たから二〇〇〇万円都合してくれ。」、「元金くらいすぐ返せます。」などと言って、ゴムの購入を強引に要求し、原告に二〇〇〇万円を交付させたが、既に平成八年一二月二五日には原告名義でゴム取引を開始させていた。

(3) 被告Y1は、平成八年一二月二〇日の段階で、原告の先物取引での損益が全体ではプラスになっていたにもかかわらず、損を取り戻すだけの目的で本件先物取引を続けていた原告に対し、利益が上がっている事実を隠して、損を取り戻すには必要である旨申し向けて更に委託証拠金を出させた。被告Y1がこのように虚偽の事実を告げていなければ、原告の現在の損害は発生していない。

(五) 証拠金に関する規則違反

先物取引適正化のための諸規制により、利益金の証拠金への振替えが禁止されているにもかかわらず、被告らは、本件先物取引が開始された直後に二回ほど原告に利益金を支払ったのみで、以後は全て証拠金に振り替えた。

(六) 無意味な反復売買、途転、日計り、因果玉の放置などの不当取引(商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(平成一一年四月一日に廃止されたもの)2(1)違反)

(1) 無意味な反復売買・ころがし、途転、日計り(建てたその日に手仕舞うこと)といった行為は商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項で禁止されているにもかかわらず、被告らは、本件先物取引において、建玉分析表1ないし5記載のとおり、これらの行為を繰り返した。

とりわけ、本件先物取引においては、途転、売りと買いの方向転換が頻繁に行われており、このような頻繁な売りと買いの方向転換は、短期間の小さな価格変動による利益を狙ったものではあるが、その利益が小さい上に、相場変動の予想が後追いになるなど、予想が当たる確率が低い反面、手数料は必然的にかさんでいく取引である。また、本件先物取引では、買い直し(買建玉を仕切った同一日に新たに買建玉を建てること)、売り直し(売建玉を仕切った同一日に新たに売建玉を建てること)、買いと売りの同時仕切りが頻繁に行われている。

以上によれば、被告Y1は手数料収入を得るために、無意味な売買を反復させたことは明らかである。

(2) 本件先物取引においては、農水省、通産省のチェックシステムの「特定売買比率」(特定売買すなわち買い直し・売り直し、途転、日計り、両建及び不抜け(売買利益よりも委託手数料の方が多く差引損となる取引)の全取引に占める割合。二〇パーセント以下に押さえるよう指導がされていた。)・「売買回転率」(全取引期間中に建て落ちが何回行われているかを示す指数。農水省は月三回以内と指導していた。)・「手数料比率」(損金のうち委託手数料の占める割合。農水省は一〇パーセント以下にするよう指導していた。)の基準を大きく上回っている。

(3) 本件先物取引においては、以下のように、因果玉の放置がされている。

ア コーン取引において、平成八年一二月二四日の売建玉二〇〇枚を仕切ることなく、平成九年二月二五日ないし同年三月二七日までの間に仕切るまで放置した。

イ ゴム取引において、平成九年二月一二日の買建玉二〇〇枚を仕切ることなく、同年五月一六日から同年六月二五日の間に仕切るまで放置した。

ウ ゴム取引において、平成九年四月一六日から同月二三日までの間に建てた買建玉一八四枚を、相場が下落傾向にあるのに仕切ることなく放置し、同年六月二七日から同年八月八日までの間に仕切るまで放置した。

エ ゴム取引において、平成九年五月一三日に買建玉七〇枚、同月一四日に買建玉五〇枚を建てたが、相場が下落傾向にあるのにこれを仕切ることなく、同年一〇月二〇日に仕切るまで放置した。

オ 米国産大豆取引において、平成九年一月二〇日に売建玉二五〇枚を建てたが、これを四か月間放置した。

(七) 違法な両建

両建は、一度損切りしてから新たに建玉を行った場合と比較すると、損益及び手数料が同じであるばかりでなく、かえって建玉の選択の余地や証拠金の補充の点で顧客に不利な取引手法である。また、両建については、あたかもそれが損切りの不利益を回避する方法であり、損切りとは違って損を縮小できる可能性があるかのように説明されるところであるが、そのような説明によって顧客がその旨誤信し、この誤信がなければ直ちに損切りしているであろうにもかかわらず、かえって取引を拡大させるという意味で、両建を勧めること自体が違法である。

ところが、被告Y1は、別紙建玉分析表2ないし4記載のとおり、多数回にわたって両建を繰り返した。

(被告らの主張)

(一) 商品先物取引の危険性の不告知について

被告Y1は、平成七年一〇月二七日に原告を勧誘する際、「お取引の手引」を原告の前に広げ、商品先物取引の危険性、売買の基本的単位、上場商品の種類、限月、売付け又は買付けの区別等について説明した。また、同被告は、原告に対し、受託について断定的判断を提供して勧誘することが禁止されていることや、相場が逆方向に動いたときの対処法として、決済、追証、難平、両建、途転の五通りの方法があることと、それらの内容などについて説明した。また、Cも、原告方を訪問した際に、残高照合通知書を持参し、原告の売買取引の現況について説明し、しかも、原告にできるだけわかりやすく説明するために、前記残高照合通知書を原告の目の前に示した上で、複写式になっている同通知書の表側の用紙に説明内容を書き込みながら説明した。

(二) 不適格者の勧誘について

原告は、玩具店の店主であり、年収も五〇〇万円以上ある上に、資産として不動産と預貯金があり、投資信託や公社債を購入した経験があるのであるから、商品先物取引につき不適格者であるとはいえない。

また、被告Y1が、原告に対し商品先物取引の基本的な仕組み、妙味、危険性、相場予想が外れた場合の対処の仕方等を十分に説明したところ、原告はその説明を十分理解しており、本件先物取引自体も原告自身の指示により行われたことからも、原告に先物取引をする能力があったことは明らかである。

(三) 断定的判断の提供について

被告Y1は、その時々における相場の動向、原告の建玉の内容、損益の状況等に応じて自己の相場観に基づき原告に助言をし、又は自己の見解を述べたものであって、断定的判断を提供したものではない。

また、被告Y1が原告を勧誘する際にも、「お取引の手引き」と称する小冊子の受託についての禁止事項欄を示して、断定的判断を提供して勧誘することは禁止されている旨説明した。

(四) 無断売買ないし欺罔行為について

原告は、被告Y1と打ち合せて助言を受ける傍ら、商品先物取引の経験のあるBらと随時情報を交換し、助言も受けたりしながら、自ら進んで取引の指示を被告Y1に出していたものであり、原告の主張するような無断売買や欺罔行為は一切ない。

また、原告は、本件先物取引期間中、被告Y1や被告会社に対し、不服や苦情を述べたことはなく、被告会社から送付される残高照合通知書にも異議を述べなかった。

(五) 無意味な反復売買、途転、日計り、因果玉の放置などの不当取引について

(1) 本件先物取引の中に買い直し及び売り直しが多少あるが、取引所指示事項等でこれらが規制されているのは、既存玉を手仕舞うと同時に行われ、又は明らかに手数料稼ぎを目的とする新規建玉を行う無意味な反復売買のことであって、相場の動向や値動き又は委託者の損益の状況との兼ね合いでそれなりに意味のある売り直しや買い直しが規制されているのではない。

そして、売り直しや買い直しの相当性については、別の場節で同一限月又は異限月の商品の売買取引をしたような場合には、その時点における相場の動向や値動き、委託者の損益の状況との関連で判断されるべきである。

(2) 途転は、相場の往来に合わせてよく取られる手法の一つであって、これが取引の実際の場面で多かったからといって格別不当であるとはいえない。

(3) 売りと買いの建玉を同時に仕切ることを両落ちというが、因果玉になりかかっているいわゆる引かれ玉を損切処分する場合に、証拠金不足にならないように利の乗っている反対玉をその損金額に見合う枚数だけ両落ちして仕切処分することは、しばしば見受けられる。

(4) 原告主張の「特定売買比率」、「売買回転率」及び「手数料比率」につき主務省が数値を示したことはない。

(六) 違法な両建

(1) 相場が逆行した場合に対処する方法としては、①損切決済、②追証を入れる、③難平、④両建、⑤途転の五つの方法がある。そして、①においても損を挽回するために新たな取引を行うことが多く、また、②、③及び⑤は、損を挽回するために損切りせず又は損切りした上で反対方向の玉を建てるという手法である以上、損失を被る危険はあるのは当然であり、両建のみが特に危険な取引手法であるということはできない。

(2) そもそも両建は、相場予想が外れて建玉に評価損が生じ、相場の逆行が一時的なものかどうか迷ったときに、その建玉を維持したまま対処する仕方として取引の実際でしばしば取られる手法であり、両建分の手数料が必要となるものの、差し当たり既存建玉の差損金を精算する必要がなく先送りでき、その後の相場の変動を見て適当な時期に両建を外すことにより両建の損を支払わなくてもよいことが期待できるなどの実用性・合理性を有するものである。

また、両建玉を仕切るに際し、仕切処分で得られた利益金を委託証拠金に振り替えることによって新たな資金を投入することなく新規の建玉をして利益を狙うことができるという利点もある。

2  過失相殺

(被告らの主張)

前記1の被告らの主張及び次の事実のとおり、本件先物取引における勧誘・受託の経緯、取引の経過・内容、損益の推移等の諸事情からすれば、少なくとも八割以上の過失相殺が認められるべきである。

(一) 本件先物取引への勧誘の発端は、原告と旧知の関係にあったBの口利きにあった。

(二) 原告は、本件先物取引を行っていた期間中、毎月、被告会社から郵送される残高照合通知書に基づいて、自己の取引の現況を確認し、損益の内容やその推移については十分に把握していたはずである。

そして、本件先物取引は、別紙損益推移一覧表記載のとおり、取引開始後一年間はおおむね利益を得る傾向で推移しており、原告は、この期間中いつでも全建玉を仕切処分することによって相応の利益を獲得して終了することが可能であった。それにもかかわらず、原告がより大きい利益を目指して取引を継続していくうちに、利益が損に転じてしまい、また、損に転じて以降は、原告は、一気に損を挽回し、かつ大きな利益を得ることを目論んで、それまでとは打って変わったような大量の取引を始めたのであり、それが裏目に出て、大きな損害を被ったのである。

結局、原告は損を最小限に止めようとすれば、いつでも全建玉を仕切処分すればよかったのであり、本件先物取引による損失の発生及び拡大については、原告にもかなりの落ち度があったというべきである。

(原告の主張)

原告に先物取引の適格性が欠けていたにもかかわらず、被告らは、原告を先物取引に勧誘し、自己の手数料稼ぎのために高齢の老人である原告の全財産を奪取したのであって、本件において過失相殺は許されるべきではない。

また、被告らは、利益が出ている状態であるにもかかわらず、損失を挽回するためと説明して更に委託証拠金を出させるなどしており、詐欺に当たる悪質な行為を行っており、過失相殺を認めるのは不当である。

3  損害額

(原告の主張)

被告らの不法行為によって原告が被った損害は、次のとおりである。

(一) 未回収の委託証拠金 七一八五万一〇五六円

なお、原告は、当初、未回収額を七二四七万一四三一円と主張したが、後に一部撤回した(ただし、請求の減縮はしていない。)。

(二) 慰藉料 五〇〇万円

(三) 弁護士費用 八五〇万円

第三争点に対する判断

一  事実経過

前記争いのない事実、証拠(甲一、甲二の1ないし153、甲三の1ないし10、甲四の1・2、甲五の1ないし5、甲六、甲一五、甲一七、乙三ないし一四、乙一五の1ないし8、乙一六の1ないし9、乙一七の1・2、乙一八、乙一九の1ないし6、乙二〇、乙二一の1ないし5、乙二二ないし二五、乙二七の1ないし24、乙二八、乙二九の1ないし6、乙三〇ないし三二、乙三四、証人C、原告本人、被告Y1本人)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  原告は、大正五年○月○日生まれの男性で、尋常高等小学校を卒業後に奉公に出て、炭坑での茶汲係等を経た後徴兵され、戦後は、荷揚人夫、大工等と職を転々とした後、自動車販売員を八年くらい、衣料品の行商を三年くらい、運送業の手伝いを二年くらい、礫石の加工・販売を二年くらいそれぞれしたが、昭和五四年にスーパーマーケットに玩具店を開き、同店を五、六年間経営した後、昭和六〇年以降は、右経営を内妻のD(以下「D」という。)に委ね、同店を手伝うなどして過ごしていた。原告は、当時、資産としては、自宅不動産のほか、少なくとも七〇〇〇万円以上の預貯金を有していた。

原告には、本件先物取引以外に、商品先物取引や株式売買等の投資の経験はなかった。

2  原告は、平成七年一〇月二七日(当時七九歳)、懇意にしていたa農業協同組合本部金融課長であったBから、同人が金融先物取引を委託していた被告Y1を紹介され、同被告から商品先物取引の勧誘を受けた。

その際、被告Y1は、原告に対し、自己紹介や世間話の合間に、「お取引の手引」や日経新聞、砂糖のけい線等を示して、商品先物取引について、取引単位、限月等取引の仕組みを三、四〇分間にわたって説明するとともに、「お取引の手引」、「GSSのQ&A 商品先物取引の必読書」、「商品先物のルールとテクニック」など、先物取引についての説明が記載されている小冊子を原告に交付した。被告欄は、その際、原告に対し、商品先物取引により多額の利益が得られる可能性がある反面、多額の損失を被る可能性もあることなど、商品先物取引の危険性についても説明した。

原告とBは以前からの知り合いであり、原告は、Dの姪がBの勤務する前記農業協同組合に就職できたことでBに恩義を感じており、被告Y1の勧誘の折りにBからも先物取引を勧められたこともあって、同人の顔を立てるとともに同人との縁をつないでおきたいとの気持ちや、同人がしていることであるから間違いはないだろうとの気持ちから、被告Y1の勧誘に応じ、その場で、被告Y1が差し出した約諾書、通知書、建玉超過申請書、預託特例申請書、準備金による委託証拠金充当同意書に署名捺印した。

原告は、本件先物取引を始めるに当たって、五〇〇万円を上限とすることを被告Y1に示して、同日、委託証拠金として二〇〇万円を預託し、翌日、更に委託証拠金として二〇〇万円を預託した。

なお、後者の二〇〇万円の預託は、被告Y1の委託証拠金の実績作りのためにされたものであり、同年一一月二四日には原告に返還されており、原告の建玉も当初の二〇〇万円の委託証拠金の範囲内で行われた。

3  被告会社大阪支社管理部所属のCが、平成七年一一月八日及び同年一二月四日、原告方を訪問し、持参した残高照合通知書に基づいて、原告の取引の現況等について説明した。そして、その説明は、同年一一月八日には、損益計算の方法や相場の予想が外れた場合の対処方法、また、同年一二月四日には、追証がかかった場合の対処方法等にそれぞれ及んだ。

4  本件先物取引は、被告Y1が原告を勧誘した平成七年一〇月二七日の買建玉(一〇枚)から始まり、当初の約一年間(平成八年一〇月まで)は、一回の取引における建玉量が一〇枚以下であり、月平均約一・六回の取引が行われ、原告が保有する建玉量も二〇枚前後で推移した。

5  しかし、平成八年一一月に、原告の収支が実損になり、このころから、原告の建玉量及び売買回数は飛躍的に増大し、以後の約一三か月間(平成八年一一月から最終取引日の平成九年一一月一九日まで)は、一回の取引における建玉量が最大三〇〇枚であり、月平均約三七・七回の取引が行われた。

この期間においては、損失が拡大する傾向にあったが、平成八年一二月二〇日当時は、原告の本件先物取引の収支は一旦プラスに転じていた。なお、本件先物取引の損益の推移は、概ね別紙損益推移一覧表のとおりである。

6  被告会社は、原告に対し、本件先物取引について、売買の都度、売買報告書及び売買計算書を送付し、また、毎月、残高照合通知書を送付した。これに対し、原告が、被告会社に対し、取引について異議を述べたことはなかった。また、原告は、平成九年二月七日ころ、被告Y1の指示により自宅にファクシミリを導入し、それ以後、被告Y1は、頻繁に相場の最終値段、海外からの情報や、売買の内容、建玉の明細等を原告に通知、提供した。

しかし、原告は、自己の損益を把握できず、例えば、同年三月ころには、Bに相談し、Bから被告Y1に対して、原告が現在決済すればいくら残るかが問い合わされるなどした。

なお、原告は、被告Y1の勧めに従って、本件先物取引の開始後、日本経済新聞を購読し、そこに掲載された相場の変動を切り抜いて保管し、また、売買報告書が送付されてくると、現在の状況を把握しようと、いろいろと計算を試みていた。しかし、原告が行った計算内容は、仕切られた売買について買建玉の総取引金額と売建玉の総取引金額を加えて一〇〇で割るなど、無意味なものであったり、また、売買差益の算出についても、正しく行われていなかった。

7  本件先物取引においては、原告主張のように、売り直し・買い直し、途転、日計り、両建又は不抜けが多数回にわたって繰り返されており、その詳細は、別紙建玉分析表1ないし5記載のとおりである。

8  原告は、被告Y1から「送らなければ大きく損失が出るから送りなさい。」と言われ、被告Y1から指示があるたびに、委託証拠金を被告会社に送金した。

原告は、本件先物取引により、被告会社に対し、次のとおり委託証拠金を支払った。

平成七年一〇月二七日 二〇〇万円

一〇月二八日 二〇〇万円

八年九月一九日 二〇万円

一〇月一四日 一〇〇万円

一一月一一日 一〇〇万円

一三日 二〇〇万円

一四日 四〇〇万円

一五日 四〇〇万円

一五日 三〇〇万円

二一日 九五〇万円

一二月一六日 一四〇〇万円

九年一月六日 一〇五〇万円

一月三一日 二〇〇〇万円

四月一八日 六〇〇万円

合計 七九二〇万円

9  その後、原告は弁護士を代理人に選任し、平成九年一一月一九日、代理人により本件先物取引が終了された。

なお、本件先物取引に関して被告会社が原告に支払った金員は次のとおりである。

平成七年一一月二四日 二〇〇万〇〇〇〇円

一二月一八日 一六万二六九二円

八年二月二九日 四五万七六八三円

九年一一月二五日 四七二万八五六九円

合計 七三四万八九四四円

10  被告会社は、本件先物取引によって原告から六七九八万〇七二〇円の手数料収入を得ており、原告の全損失(争いのない事実2記載の七一八五万一〇五六円)に対するその手数料収入の割合は、約九五パーセントである。また、本件先物取引全体においては、売買回数は月平均二〇・三六回である。

なお、本件先物取引の取引商品、取引期間、売買回数、売買損益、手数料、差引損益は以下のとおりである。

(一) 東穀・粗糖

取引期間 平成七年一〇月二七日から

平成八年四月一一日まで

売買回数(売り又は買いをそれぞれ一回と数える。以下同様) 六回

売買損益 プラス二六三万〇〇〇〇円

手数料 二一万〇〇〇〇円

差引損益(売買損益から委託手数料のほか、消費税等を引いた金額。以下同様) プラス二四一万三〇三四円

(二) 東穀・コーン

取引期間 平成八年二月二〇日から

平成九年三月二七日まで

売買回数 九五回

売買損益 マイナス一一八八万一〇〇〇円

手数料 一四二四万五四〇〇円

差引損益 マイナス二六六一万七三七九円

(三) 東工・ゴム

取引期間 平成八年一二月二五日から

平成九年一一月一九日まで

売買回数 二三七回

売買損益 マイナス一一一三万八五〇〇円

手数料 二九一〇万一五二〇円

差引損益 マイナス四一四二万二一四一円

(四) 東穀・米国産大豆

取引期間 平成九年一月一四日から

同年一一月一九日まで

売買回数 一六七回

売買損益 プラス一七四九万二一〇〇円

手数料 二三七六万一八〇〇円

差引損益 マイナス七一九万三〇六四円

(五) 関西・輸入大豆

取引期間 平成九年一月三一日から

同年二月四日まで

売買回数 四回

売買損益 プラス一六五万三〇〇〇円

手数料 六六万二〇〇〇円

差引損益 プラス九六万八四九四円

(六) 全商品

取引期間 平成七年一〇月二七日から

平成九年一一月一九日まで

総売買回数 五〇九回

総売買損益 マイナス一二四万四四〇〇円

総手数料 六七九八万〇七二〇円

総差引損益 マイナス七一八五万一〇五六円

二  争点1(不法行為の成否)について

1  商品先物取引の危険性の不告知について

前記認定事実によると、被告Y1は、平成七年一〇月二七日における勧誘の際、原告に対し、説明書を示すなどして商品先物取引の仕組み、その投機性や危険性等について説明したことが明らかである。

もっとも、原告は、被告Y1が勧誘する際に商品先物取引に内在する投機性や危険性を何ら説明せず、説明用の小冊子も交付しなかった旨を主張しているが、証拠(甲一、乙三)における日付げ等の記載に照らすと、右主張は採用することができない。

2  不適格者の勧誘について

(一) 証拠(甲一、乙一一ないし一四)及び弁論の全趣旨によると、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(平成一一年四月一日に廃止されたもの)1(1)には、商品取引員は、先物取引を勧誘する場合、先物取引を行うにふさわしくない者への勧誘をしてはならない旨が定められていること、商品先物取引は、将来の一定期日に商品を受け渡すことを約束してその値段を現時点で定める取引であること、商品先物取引は総取引額の一割程度の少額の資金を担保として取引を開始することができるため、自己の資金を大幅に超える高額の取引ができること、商品先物市場は、予想し難い多数の要因により大きく変動し、その仕組みも複雑であり、相場のわずかの変動により、顧客に投下資金を大きく超える巨額の損失が生じる危険があること、一般の顧客は変動要因についての情報の入手、分析が概して容易でないこと、以上のことが認められる。

以上の点を考慮すると、商品先物取引を行う適格を有するというためには、自己責任の原則を問える程度に自立した判断力が必要であり、少なくとも、商品先物取引の仕組みを理解し、自己の損益を計算できる能力が必要であるというべきである。

したがって、商品取引員の外務員は、そのような能力のない者を勧誘してはならない義務を負い、右義務に違反して先物取引を勧めることは社会通念上許されず、そのような義務違反により被勧誘者に損害を与えた場合には不法行為責任を負うものと解するのが相当である。

(二) ところで、前記認定事実によると、原告は、本件先物取引の開始当時、内妻が経営する店の手伝い程度のことはしていたが、本件先物取引以外に、商品先物取引や株式売買等の投資の経験はなかったのであるから、商品先物取引に関する十分な知識を有していなかったものといわなければならない。もっとも、原告は、自動車販売員等として勤務し、玩具店を経営した経験を有しており、また、本件先物取引の開始に当たって、商品先物取引について説明を受けたのではあるが、本件先物取引の開始後も、自己の損益額の算定方法など商品先物取引の基本的な事項さえ理解していなかったことが窺われる。そうすると、原告は先物取引の仕組みを理解し、自己の損益を計算できる能力を有していなかったものといわざるを得ない。

この点について、被告らは、本件先物取引が原告自らの指示によりされており、原告に先物取引をする能力があった旨を主張している。しかし、別紙建玉分析表1ないし5記載のとおり、本件先物取引においては短期間のうちに非常に頻繁に多数の取引が行われていること、また、原告には、本件先物取引以外に、商品先物取引や株式売買等の投資の経験がなかったことなどを考慮すると、本件先物取引が原告の事前の個別具体的な指示に基づいて行われたものと認めることは困難である。さらに、被告らは、原告には、投資信託や公社債を購入した経験がある旨を主張しているが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

(三) 以上によると、原告には商品先物取引を行うに足りる能力がなかったのであり、他方、被告Y1は、原告と直接に接して原告の理解力の程度を把握できる立場にあったのであるから、同被告が原告に対して商品先物取引を勧誘した行為は、社会通念上許されない違法なものであるといわなければならない。

3  断定的判断の提供について

本件全証拠を精査検討しても、被告Y1が断定的判断を提供したと認めるに足りる的確な証拠はない。

もっとも、原告は、被告Y1が、「流れがすぐ変わる状態だから、流れが変わればすぐに取り戻せるから心配はいらない。」、「もうこれ以上ゴムが下がることはないし、絶対儲かるから心配するな。」などと述べて断定的判断を提供したと主張し、証拠(甲六、原告本人)にもこれに沿う供述と記載がある。しかし、仮に被告Y1が原告に対してそのように告げた事実があったとしても、前記認定事実によると、被告Y1が原告に説明書を示して商品先物取引について説明し、また、Cが二度にわたって、追証がかかった場合の対処の仕方等を原告に説明したのであるから、被告Y1が、多少、利益の取得の可能性を誇張したきらいがあったとしても、断定的な判断を提供したとまではいえない。

4  無断売買ないし欺罔行為について

(一) 原告は、(1)平成八年一一月中旬以後の取引は、いずれも原告に無断で又は原告を欺罔して行われたものであり、被告Y1は、原告に無断で被告支店における先物取引の対象商品を、平成八年一二月二五日には東京工業品取引所におけるゴムに、平成九年一月一四日には東京穀物取引所における米国産大豆にそれぞれ拡大し、以後、数百枚単位の取引を継続したものであると主張し、また、(2)被告Y1は、平成八年一二月二〇日、原告の先物取引での損益が全体でプラスになっていたにもかかわらず、損を取り戻すだけの目的で本件先物取引を続けていた原告に対し、利益が上がっている事実を隠して、損を取り戻すには必要である旨申し向けて、更に委託証拠金を出させたと主張している。

(二) そこで、無断売買の主張について検討するに、証拠(甲六、原告本人)中には右主張に沿う部分がある。

しかし、前記認定事実によると、原告は、被告会社から送付された売買報告書、売買計算書及び残高照合通知書に対し、異議を述べたことはなかったのであって、この事実に照らすと、右証拠中の右主張に沿う部分を採用することはできないし、ほかに右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) 次に、欺罔行為の点について検討するに、本件先物取引の収支がマイナスになってから取引が拡大され、委託証拠金として多額の金員が投入されるようになったこと、原告は、被告Y1から損を回復するのに必要である旨言われて委託証拠金を次々と支払ったことは前記認定のとおりであり、これらの事実と証拠(甲六、原告本人)を総合すると、原告は、平成八年一一月以降は、被告Y1に対し、損失が零になることを目指して取引を行うよう一任していたものと認められる。そして、前記認定のとおり、同年一二月二〇日の時点では原告の収支が一旦プラスに転じたにもかかわらず、被告Y1は、同月二五日には新たにゴムの取引を開始したのである。

原告は、被告Y1が同月二〇日当時本件先物取引の収支が全体でプラスになっていたことを知りながら、更にゴムの取引を開始させたのであるから、その行為は故意による欺罔行為である旨などを主張しているが、本件全証拠を検討しても、被告Y1が右事実を認識していたことを認めるに足りる的確な証拠はないし、ほかに被告Y1によるそれ以外の欺罔行為があったことを認めるに足りる証拠もない。

しかし、被告Y1は、その当否はさておき、原告から取引を一任されていたのであるから、本件先物取引の収支を十分に検討して取引を行うべきであったにもかかわらず、収支を十分検討することなく、原告にゴムの取引を始めさせた点で過失があったというべきである。したがって、被告Y1は、このゴム取引を開始させたことにより原告に生じた損害について、不法行為責任による損害賠償責任を負うといわなければならない。

5  証拠金に関する規則違反について

商品取引員が利益金を証拠金に振り替えたとしても、それだけで原告に損害が発生することはないから、利益金を証拠金に振り替えること自体が不法行為を構成するとはいえない。

6  無意味な反復売買、途転、日計り及び因果玉の放置並びに両建について

(一) 被告Y1が原告から取引を一任されており、被告会社が本件先物取引によって原告から六七九八万〇七二〇円の手数料収入を得ていたこと、原告の全損失に対するその手数料収入の割合は約九五パーセントに上っていたこと、本件先物取引では、買い直し、売り直し、途転、日計り、両建及び不抜けが頻繁に行われていたことは前記認定のとおりである。

(二) そこで、更に個別の取引について検討するに、証拠(甲五の1ないし5、乙一五の1ないし8、乙一六の1ないし9、乙一七の1・2、乙一八、乙一九の1ないし6、乙二〇、乙二一の1ないし5)によると、次の事実が認められる。

(1) 本件先物取引において、平成八年一一月以降、両建が頻繁に繰り返されている上、両建の同時外しが複数回行われ、しかも、その後に買建玉や売建玉が建てられている。

(2) 本件先物取引において、次のとおり因果玉の放置がされている。

ア 平成八年一二月二四日の東穀コーンの売玉二〇〇枚(限月平成一〇年一月、値段一万四二三〇円)を建てていながら、同一限月の玉の建て落ちを繰り返している。すなわち、平成九年一月九日に二四〇枚の買玉(一万四四七〇円)を建てて、それを同月一四日前場一節で仕切り(一万四八〇〇円)、同日前場三節で五〇枚の売玉(一万四八〇〇円)を建てて、それを同月二〇日(一万五〇六〇円)、同月二三日(一万五四〇〇円)で仕切り、同月一六日に二〇〇枚の買玉(一万四九八〇円)を建てて、それを同月二三日(一万五一四〇円)、同月三一日(一万五八五〇円)、同年二月三日(一五三三〇円)で仕切っている。ところが、八〇枚の建玉を同月二五日(一万六二〇〇円)まで仕切らず(その後、随時仕切っていった。)、建玉が無意味に放置された。

イ 平成九年二月一二日の東工ゴムの買玉二〇〇枚(限月同年七月、値段一五九・一円)を建てていながら、同一限月の玉の建て落ちを繰り返している。すなわち、同月一三日に一〇〇枚の売玉(一五七・九円)を建てて、それを同月二〇日で仕切り(一五五・〇円)、同月一四日に一〇〇枚の買玉(一五七・一円)を建てて、それを同月二五日(一五〇・二円)で仕切り、同月二〇日に一〇〇枚の買玉(一五五・〇円)を建てて、それを同月二五日に仕切り(一五〇・二円)、同年三月二六日に三五枚の売玉(一四九・九円)を建てて、それを同月二八日に仕切り(一四七・四円)、同月二七日に九五枚の売玉(一四七・六円)を建てて、同年四月一日(一四六・八円)、同年五月一三日(一三六・六円)、同月一五日(一三八・六円)、同月一六日(一四三・四円)と仕切っている。ところが、七八枚の建玉を同日(一四一・八円)まで仕切らず(その後、随時仕切っていった。)、建玉が無意味に放置された。

同じく東工ゴムにつき、同年四月一六日に買玉一〇〇枚(限月同年九月、値段一三九・三円)を建てていながら、同一限月の玉の建て落ちを繰り返し、同年六月二七日(一一六・三円)から同年八月八日(一一三・三円)までの間に仕切るまで放置し、建玉が無意味に放置された。

また、同じく東工ゴムにつき、同年五月一三日に買玉七〇枚(限月同年一〇月、値段一四〇・一円)を建てていながら、同一限月の玉の建て落ちを繰り返し、同年九月一〇日(一〇八・八円)まで七〇枚とも仕切らず、建玉が無意味に放置された。しかも、途中の同年五月一六日には同一限月の売玉六〇枚を一四三・五円の値段で建てて両建にした。

ウ 平成九年一月二〇日の東穀米大豆の売玉二五〇枚(限月同年一〇月、値段三万五八〇〇円)を建てていながら、同一限月の玉の建て落ちを繰り返している。

(三) 以上の事実を総合すると、被告Y1は、特に平成九年一一月以降、専ら手数料を稼ぐ目的で、原告の利益を考慮せずに取引を拡大させたものといわざるを得ないのであって、顧客から取引を一任された外務員が、このように顧客の利益を考慮せずに手数料を稼ぐ目的で取引を拡大させる行為は、社会通念上相当な取引の範囲を逸脱しているものというべきであるから(なお、本件先物取引において、両建を勧誘する行為自体が直ちに不法行為を構成するとまではいえない。)、不法行為を構成するといわなければならない。

7  まとめ

以上の次第で、被告Y1の勧誘に始まる一連の行為は全体として不法行為を構成するものであり、被告会社も同被告の使用者として民法七一五条一項による責任を免れない。

三  争点2(過失相殺)について

1  右二において判断したところによると、本件は、被告Y1が商品先物取引の適格性を欠く原告を勧誘し、先物取引の仕組み等を理解していない原告から取引を一任されるや、手数料稼ぎの目的で取引を拡大させ、しかも、損失を回復させる目的で取引を継続していた原告に対し、一旦損失が回復された時期があったにもかかわらず、更に委託証拠金を追加させて取引を拡大し、原告に損害を発生させたという事案である。

2  しかし、前記認定事実によると、原告は、(一)被告Y1やCから商品先物取引の危険性等を含む同取引の概要について説明を受けたものの、その仕組みなどを理解できないにもかかわらず、知人に対する恩義などから本件先物取引を開始してこれを継続し、(二)被告らから本件先物取引の内容の報告を書面で受けており、原告が意図すれば、いつでも全建玉を仕切処分するなどして、本件先物取引による損失の発生及び拡大を防ぐことができたにもかかわらず、これを行わなかったのである。

このような原告の落ち度を考慮すると、原告の受けた損害の全部について、被告らが責任を負うものとすることは相当でなく、前記認定の一切の事情を考慮すると、三割の過失相殺をするのが相当である。

なお、原告は、被告Y1が原告に取引を続けさせた行為が詐欺に当たるとして、過失相殺を行うことが適当でない旨を主張しているが、前記二4(三)で説示したとおり、被告Y1に故意を認めることが無理であることからすると、右主張を採用することはできない。

四  争点3(損害額)について

1  未回収金 五〇二九万五七三九円

原告が被告会社に交付した金員のうち、被告会社から回収されていない七一八五万一〇五六円については、その全額が損害と認められる。そして、右三2において説示したところによると、被告らは、連帯して、原告に対し、その七割である五〇二九万五七三九円(円未満切捨て)の支払義務を負うことが明らかである。

2  慰藉料 〇円

本件全証拠を検討しても、原告に、金銭給付をもって慰藉すべきほどの精神的苦痛があったことを認めるに足りる証拠はない。

3  弁護士費用 五〇〇万円

弁論の全趣旨によると、原告が本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人に委任したことが認められるところ、本件事案の性質・内容、認容額等にかんがみると、本件の加害行為と相当因果関係がある弁護士費用の損害は五〇〇万円と認める。

五  結論

以上の次第で、原告の本件請求は、被告らに対し、各自金五五二九万五七三九円及びこれに対する不法行為日以後である平成九年一一月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

(裁判長裁判官 小佐田潔 裁判官 川畑正文 裁判官 大野祐輔)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例